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THOUGHTS

五感と感性の交わる場~町工場の匠の技術を伝承する~<2023年開催・超異分野学会東京大会ダイジェスト>

2023.09.12

日本では、長い歴史の中で職人たちが伝承してきた「匠の技」によって高品質の製品づくりを実現してきました。人間でなければこなせない作業が多いといわれている領域において、次世代の若手技術者や今後東南アジアに増えるであろう現地の技術者に、その技をどのように伝えていけばよいのでしょうか。『DIC五感と感性の研究所』を立ち上げたDIC田川氏のモデレーターのもと、町工場、研究者、ベンチャーが集まって議論しました。

「感性」と「感性以外」をどう融合するか

DIC 田川 大輔氏 モデレーターを務めるDICの田川です。このセッションは「町工場の匠の技術」がテーマですが、実際にこれを早く伝承しなければ日本の大切な宝が消えてしまうかもしれない。今、結論を出すべき重要な問題だと思いますので、今日はそのために何ができるのか、本気の議論をしたいと思っています。会場の方々もご意見があれば、ぜひどんどん手を挙げてください。

田川 大輔 氏 DIC株式会社 ヘルスケア企画・開発グループ グループマネージャー 大手化学メーカー、ヘルスケアメーカーを経て、現在DIC(株)で大手企業内での新事業立ち上げに奮闘中。ベースはポリマーサイエンス。大手化学メーカーで親水性樹脂、ウレタン樹脂の構造制御研究を経て、数々の機能性化学製品を開発。当時最年少で年間ベスト発明賞を受賞。ヘルスケアメーカーでは、基盤技術であった食品用カプセル技術を用いて、医薬、食品、産業用と幅広い新規事業を企画。特に高分子材料×微生物、食品材料×フェロモン等異分野の技術を組み合わせたソリューション創出。新事業を立ち上げながら既存事業の事業運営にも携わる。

最初に私から、自分たちのバックグラウンドの紹介をさせていただきます。DICは旧社名が大日本インキ化学工業といい、顔料インキや樹脂を世界中に売ってきた会社です。今年で売上高が1兆円規模、グローバルネットワークで仕事をしていまして、去年、リバネスさんと一緒に『五感と感性の研究所』という研究機関を立ち上げました。

われわれと感性との関わりでいいますと、例えば弊社では非常にあいまいな色のイメージを定義し、数値化した「カラーガイド」という色見本帳を発行しています。さまざまな企業がこれを基準に製品の色を決めているわけです。また、千葉県佐倉市にDIC川村記念美術館という美術館をもっていて、こちらも感性の研究に活用したいと考えています。

最近は人の指向が変わってきています。かつては石油を使って一定レベルの商品を大量生産、販売することが化学会社の使命でした。でも、今は地球環境に配慮したもの、人間にとって本当に必要なもの、さらには感性に響くものでなければ売れません。ですから、われわれもこれまでの「硬い」「伸びる」といった機能性価値だけでなく、人の知覚や情動まで理解して製品に感性価値を付与したいと考えています。

具体的にいうと、弊社にはさまざまな物の物性データが相当量蓄積されています。さらに、人間の身体、情動、脳のデータをどんどん取得しています。これらを行う過程で、五感を理解するには多様な方々との交わりが大切だと考え、『五感と感性の研究所』を始動しました。現在はここを中心に、ビジネス、データ、技術をもつ人たちと一緒に感性を巡る社会課題を解決し、成果の社会実装を目指そうとしています。

今、世界にはさまざまな困難がありますが、人間とその感性を知ることで人と人とを隔てる壁も越えられると思っています。その第一歩として、今日は匠の技を理解し、伝承するための議論をしたいと思いますので、よろしくお願いします。

次に、青木さんお願いします。

アオキシンテック 青木 圭太氏 アオキシンテック代表取締役CEOの青木です。弊社は、自動車や食品機械の製造装置をつくっているラインビルダーのメーカーです。本社は栃木県にありまして、「部品製作」「設備製造」「ベンチャー支援」の3つを軸に事業を展開しています。このうち部品製作事業ではフライス盤などを使った匠の技術を追い求め、設備製造事業では機械のオーバーホールからきさげ加工まで、まさに人の手の感覚に頼る仕事をしています。リバネスさんのスーパーファクトリーグループにも所属していまして、本日は町工場代表として参加させていただきました。

青木 圭太 氏 株式会社アオキシンテック 代表取締役 CEO 1980年栃木県真岡市出身。県立真岡工業高等学校卒業後、帝京大学へ進学。青木製作所(現アオキシンテック)に入社後は製作全般に携わり、営業拡大に努め売上増に貢献。2011年に創業者の父の後を継ぎ、代表取締役に就任。ベンチャーの熱とアイデアを形にするリバネススーパーファクトリーグループの一員として『Garage Tochigi』を運営。『共生型ものづくり産業に挑む』を経営理念とし、協力工場・大学・ベンチャー・異業種企業等の多様な機関との共生型ネットワークを構築し、世界を変えるものづくりを目指す。

今、人と感性のお話がありましたが、私自身、職人であり、匠です。ですから、普段は感性でしか仕事をしていない。弊社はベトナム、タイを含め、3つの工場をもっていますが、やはり喫緊の課題は技術伝承がなかなか進まないという点です。そこで今日は、感性と感性以外の部分をどう融合し、それによってどう技術伝承を進められるか、皆さんのお話を聞きながら勉強したいと思って参りました。

「触覚のデータ化」こそ大きな課題

田川 続きまして、望山先生からお願いします。

筑波大学 システム情報系 望山 洋氏 筑波大学の望山と申します。専門はソフトロボティクスで、その立場から触覚の研究もしています。以前、トヨタ自動車の寄附講座が名古屋工業大学に設置された時期がありまして、私はそこに赴任しました。その講座が「技と感性の力学的触覚テクノロジー」という名前で、まさにこのセッションにぴったりということで、本日、ここにおります。

望山 洋 氏 筑波大学 システム情報系 教授 ソフトロボット研究者。早稲田大学で電気工学、JAISTで情報科学を学び、1998年に博士(情報科学)を取得。防衛大学校、名古屋工業大学トヨタ自動車寄附講座「技と感性の力学的触覚テクノロジ一講座」を経て、2007年筑波大学准教授となり、柔軟ロボット学研究室を主宰。2019年教授。現在に至る。触覚テクノロジーの研究にも長年従事し、日産自動車ソフトフィールグレインの開発にも貢献。最近では、食べるロボットのビジネスを模索中。

今日は技や匠、つまりスキルの話ですが、私のスキルに関する問題意識は面歪(めんひずみ)検査の謎にあります。車体などをつくるとき、さまざまな場所を触って面のゆがみや凹凸をチェックしますが、これだけ多様なセンサー技術が発達しながら、この作業はいまだに人が手で行っています。この「なぜ人でなければできないか」が大変面白いポイントで、今日のトピックの本質でもあると思っています。

こういう話をすると、よく「レーザーで検出できるんじゃないですか」と言われますが、レーザーは精度が上がるとその分、検査範囲が狭くなります。また、面歪検査のような探索スキャン作業では、短時間で多様な問題を見つけなければならないので向きません。最近、研究領域ではやっている「ビジョンベースト・ハプティック(触覚の)センサー」も、きちんと押し付ければ細かい傷を検出することができますが、スキャンができないといった問題があります。

もう一つ、今日は、私が先の講座にいたときに開発された「触覚コンタクトレンズ」という道具も持参しました。これは手の皮膚に装着して触覚刺激を増幅できるので、小さい面歪まで鮮明に分かりますが、まだ実用には至っていません。

こうした状況の中、私の研究室では今、何とかソフトハプティクスの技術を使って人間のスキルに挑戦しようとしています。その試みの一つが人工皮膚です。薄い皮膚層の中にひずみゲージを埋め込んで対象物をなぞると、かなり細かい形状の情報が取れます。それを使って、あたかも雑巾がけをするように面をなぞることで小さな面歪を検出できるようなセンサーの開発を目指している。そういうところにいます。

田川 ありがとうございます。それでは最後に大村さん、お願いします。

ロボセンサー技研 大村 昌良氏 ロボセンサー技研の大村と申します。弊社はスタート時から、ロボットハンドの開発、およびそこへ触覚機能をどう搭載するかという課題に取り組んできました。その後、直径0.5ミリという極細ワイヤーセンサーの開発に成功し、そちらの仕事がどんどん増えていきました。

このセンサーは、0.1ヘルツ~3メガヘルツの超広帯域が測れる上、ノイズもほとんどありません。SN比(信号と雑音の成分の比率)が90数デシベルという高いセンシング機能によって、非常に微小な変化や振動を捉えることができます。現在は刃物の劣化による振動、ロボットの減速ギアの振動、半導体の配管内の流体の動きなどを計測していますが、その流れで触覚に関する仕事もいただいています。

大村 昌良 氏 ロボセンサー技研株式会社 代表取締役 2016年、ロボセンサーを創業し、ロボットハンドおよび義手用に触覚センサーの開発をスタート。2019年にノイズレスの極細ワイヤーセンサーの開発に成功し、このセンサーの性能が認められ一気にユーザーが120社まで増加した。その後、ユーザーが求めるセンサー製品のバリエーション開発や計測システム製品などの開発をすすめ、新たなユーザーを拡大している。” Realizing wellness for humans and machines ”のため、人体計測や頸動脈脈波のセンシングなどでも鋭意開発を進めている。沼津工業高等専門学校卒業、広島大学大学院修了。富士通(株)、ヤマハ(株)で半導体やMEMSの研究開発を行い、一方で、IBM, TI, Agere等を相手にしたUS特許裁判等で年間25億円以上の特許料削減も実行した。

今、実際に取り組んでいるのは、例えば自動車製造のアセンブリの測定です。そこにはいまだに人の手が介在しています。すると、非常に小さな部品をはめ込もうとした際、うまくいかないことがある。それがそのまま流れてしまえば、人の命にも関わります。ですから、私たちは自分たちの技術を使って、品質の担保と作業の改善に取り組んでいるわけです。

そもそもこうした作業は、ずっとカン・コツ(勘とコツ)の世界でした。部品をはめ込んで、「カチン」といえばオーケー。カン・コツの悪い人は、ギュッと押し込んで手首を痛めたり、部品を壊したりしてしまう。

そんな不具合を避けるために、私は触覚のデータ化が大きな課題だと思っています。例えば画像はデータ化されると、何十億人が共有できます。サッカーの試合が良い例で、皆で一緒に見て感動できる。ところが、触覚はデータ化されていません。皆さんがスマートフォンを手にして「選手がボールを蹴ったときの振動はこうだったのか」という触覚の共有はできていないわけです。

データ化さえできれば、分析ができます。人の手作業も、「この人のカン・コツの悪さはここに原因があるのではないか」というところまで突き詰められると思います。ですから、弊社では今、そこを掘っていこうとしているところです。

技術の伝承は学術レベルでも分かっていない

田川 では、ここからディスカッションに入ります。まず、これほど技術が発達しているのに、匠の技の伝承ができていないということが驚きでした。改めて、現場では本当にできていないのですか。

青木 全然できていないです。同じ作業でも、人によって4倍くらい効率が違ってしまっているというのが現状です。

田川 その差はいったい何でしょうか。

青木 分かりやすい例を挙げると、釘を打つ作業は動作としては簡単ですよね。動画でやり方を見れば、すぐ打てるのではと思える。でも、100回練習して上手に打てる人と、100回練習しても真っすぐに打てない人がいます。さらに、今日はできたのに一晩寝たらまた打てなくなる、ということも起こる。そんな時、私たちはつい、「この人、向いていないな」と向き・不向きで人を分別してしまいますが、この違いを左右するパラメーターが何なのかはよく分かっていないのです。

田川 匠のすごさは、昨日と今日と同じ製品を生み出せるところですよね。

青木 それを可能にするのは経験値だと思います。例えば私たちは鉄を削っていますが、鉄は削ると必ずひずみが発生します。そのとき、どのぐらいのトルクで締め付け、どのくらいの応力で削り、どのくらいの熱をもったらこれくらいひずむだろうという判断は、経験則でしています。それも刃物の摩耗具合などで変わってしまうので、それこそパラメーターを取ろうとしたら何十個にもなってしまうでしょうけど。

田川 望山先生、匠の技の伝承について、学術領域ではどこまで分かっているんでしょうか。

望山 全く分かっていないと思います。それを理解するには、先ほど大村さんが言われたように、まずデータを取ることが大事です。ただ、人間はハードウエアも感覚も一人一人違う。それぞれが自分の認識を個々でつくり上げているので、共有することも難しい。データを取るとき、われわれはどうしても絶対的な座標や力の大きさを取ろうとしますが、その意味も人によって異なります。ここに技術伝承の困難があると思います。

先ほど面歪検査の話をしましたが、これは大変な熟練作業です。われわれが触っても、ぜんぜん分かりません。しかし、10年、20年の経験者が触ると、わずかな凹みやでっぱりも分かる。その方の手を触らせてもらったことがありますが、ごく普通の手です。年齢が上がるにつれて触覚のセンシング能力は下がるので、ハード的には劣化しているはずなのに、なぜそれだけの情報処理ができるのか。謎だらけといっても過言ではありません。

ただ、センサーというより、腕の動きの方に秘密があるのではないかという指摘もありますので、データもさまざまな場所に着目して広範囲に取っていかなければいけないのかなと思います。

田川 なるほど。学術レベルでもまだ分かっていないとは、非常に興味深いですね。

今、聴講者の方からご意見がありましたので紹介しましょう。「人間は昨日と同じ動作を今日もするように言われても、パーフェクトにはできない。でも、ロボットならそれができるので、その動作を計測してまず指標を決めてはどうか」。普通の人は日によって動きが異なるけど、匠は毎回ほぼ同じように動ける。ならば、指標を設けることでその違いに迫れるのではないかというサジェスチョンですね。面白いと思います。

「匠のスーパーセンサー」は日本の強みだった

田川 技術の伝承について、大村さんはどのようにお考えですか。

大村 われわれはこの2年ほど、大手企業さんのアセンブリラインで実証実験をさせていただいています。その現場でも、職人さんが弟子に対して「ここ、つるつるにしろ」「つるつるがまだ足りないな」などと言っています。つまり、伝承が「つるつる」「ざらざら」といった言葉でしかできていない。「お前のつるつるはこうだけど、俺がやるとこうなんだ」という、その先の具体性がないのです。

そういったあやふやな世界を共有するために、やはりデータ化が必要です。例えば弟子の手にセンサーを付けて動きを計測し、高性能のハプティクス・アクチュエーターなどを使ってそれを再生すれば、師匠もそのデータを共有できます。「そこ、まだこういう状態だぞ」などと、もっと鋭い指摘ができるはずなのです。

田川 非常にいいポイントですね。それにしても、青木さん、現場では今も「つるつる」「ざらざら」が共通言語なんですか。

青木 私たちの世界は「仕事は師匠の背中を見て覚えろ」が当たり前でしたから、数年前までは今言われたような表現が全てでしたね。最近は、表面の面粗度などが数値化されるようになって少し変わってきましたけど。

田川 そういう数値化がある程度進んでも、伝承には足りていない、と。

青木 逆に数値化されたがために、触覚に頼れなくなった部分も出てきています。昔は体が「このぐらい」という感覚を覚えていて測らなくても分かったものが、今は測らないと分からない。測定を行えば、そのぶん工数がかかります。最終的な品質保証には測定が必要ですが、昔は不要だった作業中の測定の工数が必要になってしまったわけです。

田川 触れば分かるという匠の能力は、コスト的にも時間的にも優秀だったということですね。

青木 それが可能なセンサーを買おうとすると、1000万円くらいしますから。

田川 一方、アメリカのような国には、マニュアルで全部コントロールしようという考え方もありますよね。

青木 ただ、そこは国ごとに基準が違うという障壁があります。弊社も自動車をはじめさまざまなメーカーさんの仕事をさせていただいていますが、日本、アメリカ、インドネシア、インドで仕様が全て異なります。このうちアメリカとインド、日本とインドネシアの特徴が似ていたりします。前者は作業者の手先が比較的不器用だからセンサーに頼り、後者は手先が器用で感覚でジャッジできる部分が大きいので、コストのかかる装置はあまり入れない傾向がある。実は製造ラインでも、グローバル化されていない要素が多いんです。

田川 測定にもマニュアル化にも相当なコストがかかることを考えると、匠のスーパーセンサーを使えてきたことは日本の強みだったとも考えられますね。

青木 匠の技術こそ、日本の付加価値だった。これは私も常々思っています。

田川 それが伝承されることで、日本の競争力維持はもちろん、低エネルギーで技術伝承できるというエコ的な価値を、グローバルに発信するような切り口もあり得るかもしれませんね。

青木 はい。そのためにも、伝承についてはまず産業別に分類して捉え直すべきだと思います。

人の動きはどこまでセンシングできるか

田川 聴講者の方から、また意見をいただきました。「触覚にはパッシブなものだけでなく、こちらから情報を取りに行くアクティブなものもあると思う。そういう能動的な感覚処理をどう実装できるかが興味深い」という指摘ですが、望山先生、このあたりはいかがでしょう。

望山 匠の技では、触覚の中でも特に体の動きに伴って入ってくる情報処理の仕方がポイントだと思うので、アクティブタッチ(能動的触覚)の観点は確かに重要だと思います。

それでいくと、今はまだ実現されていませんが、物にぶつかりながら動くようなロボットが開発されれば状況が変わる気がします。ぶつかりながら触覚情報を取り、それを蓄積することで、情報処理の仕方も分かるかもしれない。ロボティクスの方からはそういうアプローチもできると思います。

田川 それこそ、まさにソフトロボティクスの強みですよね。

望山 ただ、その前段階には、やはり大村さんが取り組まれているように、人が動かすセンサーを活用してデータを取るフェーズがあると思います。

田川 なるほど。われわれの研究から言いますと、弊社は素材メーカーとして自動車の内装に用いる合成皮革をつくっています。合成皮革は、素材であるウレタンの組成と型押しのシボの形が全く一緒でも、表面の仕上げ剤の加減で触感が変わります。原因は、表面の物性の微細な差です。われわれはそれを数値化する技術をもっていますので、匠が触る物の物性はおそらくデータ化できる。すると、問題はやはり動きの部分ですね。動きの測定自体は、かなり細かい部分までできるという理解でいいのでしょうか。

大村 われわれの経験で言いますと、椎間板ヘルニアの手術を年間200例以上されている医師の指に弊社のセンサーを付けて、内視鏡手術のセンシングをしたことがあります。内視鏡下、骨をダイヤモンドドリルで削るのですが、生理食塩水を入れて置換しても骨粉が視界をふさぐので、真っ白で何も見えない状態です。ここでも医師は、自分のもつドリルの触感を頼りに骨を削っていくとのことです。こういう作業もまさに匠の技です。それを測ったら、骨に押しつけて減速した時のドリルの回転の振動も、離して加速した時の振動も取れました。われわれのセンサーに限らず、加速度センサーなど、多様なセンサーを組み合わせることで匠の動きのデータはもっと取れるはずです。

また、私が以前やっていた半導体の開発では、10ミリ角の半導体のチップを上から1層ずつ削っていって、不具合を調べるような作業があります。それを担当する職人さんは、指にチップを3つ、4つ付けてシュッと表面を擦るだけで、問題の箇所を特定できる。翻って、それだけ細かい作業をロボットができるかというと、コントロールがかなり難しいと思います。ただ、われわれはそういう部分についてもすでにトライアルを始めています。

田川 そこはある程度、測定、評価、解析までできるレベルにあるんですね。

大村 はい。そして、人間ならそれを再現できるかもしれない。データ化から共有化、伝承へと進むことが一番目指したい道筋です。やがては「これで匠の技が再現できた」という世界に近づけるという希望をもっています。

望山 今のお話にからんで一つ気になるのが、人の動きの計測です。例えば何かのマーカーを付けて動きを計測しようとしても、人には皮膚がある。服の上に付ければ、布の柔らかさでずれてしまう。どう正確にデータを取るのか。ここが難しい点だと思います。

もう一つのポイントは向きですね。これを高い精度で取るのは、人でなくても面倒なので、人だとさらにハードルが高い。また、ロボットだけでなく、人もそんなに正確には動けないはずです。そこに匠のすごさがあるわけですが、匠の場合は物と接触しながら作業をするので、その中で触覚を使いながらうまく精度を出しているのかもしれません。

田川 匠の対象物は機械が多いので、機械と人間の関係性の問題もあるでしょうし、呼吸をしたり、血液が流れていたりする人間の身体性の問題もあるかもしれない。そこは、さまざまなヒントを手がかりに解析を進めていくしかないんでしょうね。

「待ったなし」の技術伝承をプロジェクトに

田川 これまでの議論をまとめますと、物性の微細な差については、われわれDICが数値化できると思います。また、動きについては、完全ではないけれど、望山さん、大村さんの技術である程度測定できる。解析も、多様な視点から行えそうです。

そうすると、次の段階は「どのようにそれを実現するか」ですね。ロボットに置き換えるのはまだなかなか難しい。今の時点ではセンサーの部分やスーパーコンピューター的な解析の部分には、おそらく人間の脳や感覚器を使わざるを得ない。それをロボットで補足するというように、まず人間と技術の融合が大事な気がしますが、いかがでしょう。

青木 その通りだと思います。われわれの工場でも、機械の性能が上がったことで、かつては職人にしかできないと言われていた作業の8割程度が機械でできるようになっています。つまり、職人の仕事の8割が不要になっている。ただ、残りの2割は、そのスキルをもっている職人に集中してしまっています。そこを改善したくて技術伝承に取り組んできましたので、その「あと一歩」がどのレベルまできているのかを見極められたら、非常に面白いと思います。

田川 今日は本気でやると言いましたので、皆で青木さんの会社に行って、徹底的に対象物と匠の動きを解析してはどうでしょうか。それがある程度分かったら、人間の機能と機械やセンシングの技術を相乗させて、匠の動きが再現できないかを検証する。そういうスタートを切れたら面白いと思います。

青木 会場にいらっしゃる皆さんも含めて、ぜひ当社に来てください。工場をフルオープンにしますので。

田川 では、会場に「こんな技術をもっているから行くよ」という方がいらしたら、教えてください。とにかく今日一番の驚きは、匠の技術の解析すらできていないということでした。でも、高齢化も進む今、技術伝承は待ったなしですよね。

青木 はい。特に今は海外の方が匠が増えています。国によっては、自分たちの技術を自国の発展に役立てたいという意識が強いので、海外からの研修生の習熟スピードが、日本の新卒入社の新人の3倍ほどになっているのが現状です。

田川 ならば、日本の匠の技のデータ化を加速し、アーカイブすることの価値は大きいですね。リバネスさんも入っていただいて、伝承のプロジェクトを進めませんか。

(聴講席より)リバネス 井上 浄 ぜひやりましょう!

田川 リバネス社長のオーケーもいただきましたので(笑)、『五感と感性の研究所』で取り組んでいきたいと思います。何年かかるかは分かりませんが、きちんとリリースされる形を目指しますので、応援をお願いします。

今日はご清聴、ありがとうございました。

左より:DIC 田川 大輔 氏/アオキシンテック 青木 圭太 氏/筑波大学 望山 洋 氏/ロボセンサー技研 大村 昌良 氏

(構成:倉田 波)

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