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RESEARCH

物理特性から感性価値までをつなぐことで、ものづくりを革新する

2024.01.30

関西学院大学 感性価値創造インスティテュート 所長
長田 典子 氏

人は五感を介して物体を認識するが、このときに対象について多かれ少なかれ感情を抱く。このような感性に関わる研究は様々な方面で行われているが、物理特性と感性価値との関係を調べた研究は少ない。関西学院大学の長田典子氏は、物理特性から感性価値までをつなげる研究を俯瞰しつつ、研究成果の社会実装に取り組んでいる。

分野を超えた視点で物理特性と感性価値をつなげる

ある物体に対して人がどのような印象を抱くかの評価指標は、これまでも複数の学術分野で研究されてきた。例えば工学の分野では、この物体だから「ザラザラする」といったように、物体の物理特性から人がどのような印象を持つかを調べる研究が行われている。 一方で心理学の分野では、サラサラしているから「心地よい」といったような、商品の印象によって消費者がどのような感情を抱くかが調べられている。しかし、ある商品の物理特性から、人がどのような印象を持ち、その結果どのような感情を抱くかを分野を跨いで研究する動きはまだ不十分だった。そんな中、感性の研究を俯瞰してきた長田氏は社会実装や産学連携を行うために、感性価値創造インスティテュートを立ち上げた。ここでは、工学と心理学の研究者が連携し、物理特性と印象と感情の関係性を個人差も含めて調べており、この活動には宮城大学事業構想学群の渋田一夫氏も携わっている。「例えば、バイクのエンジン音をとってみても、小さくて騒音が少ない方が良いという人もいれば、大きくて迫力のある方が好きな人もいます。このような個人差を考慮にいれることで、大きな音という印象がどういった感情に結びつくのかを明確にできます」と渋田氏は説明する。このように物理特性から感性価値までを一気通貫でつなぐことで、新たな商品開発が可能になるのだ。

感性メトリックバンクによる商品の感性評価の概要図

使用者に寄り添った商品開発のための評価方法

感性価値創造インスティテュートでは、企業と連携した共同研究や商品開発を多数行ってきている。例えば、介護椅子の開発をベンチャー企業と共に行った際には、評価グリッド法という建築学やマーケティング分野で用いられる手法を使い、介護椅子を評価する上でどのような特徴に注目すれば価値を明らかにできるのかを分析した。このとき注目したのは「便利な・活動的になれる」や「危ない・怖い」といった特徴だ。実際に作った介護椅子についてアンケートを実施し、使用者が実際にどのように感じているかを調べたところ、この介護椅子が便利であると感じてもらえている一方で、怖い印象も与えていることがわかった。これにより、開発者は自社製品が確かにユーザーに便利だと感じてもらえている点に自信を持つことができた。同時に、類似製品と比べて座面を持ち上げる力が強いことがユーザーに怖さや危険さを感じさせていたことに気づくことができ、感性評価をもとにしたプロダクトの改善につながった。

介護椅子の感性評価

評価方法の応用を可能にする感性メトリックバンク

特定の商品について共同研究を行う場合、どうしても半年や1年ほどはかかってしまう上に、考案した感性の評価指標も他の企業には使われない。これまで行ってきた共同研究の知見を他の商品開発にも活用できないかという考えの元、渋田氏が主導で感性メトリックバンクというシステムが開発された。このシステムは、既に行われた類似商品の研究を検索できる仕組みで、開発する商品に最適な評価方法を調べることや、どんな特徴に着目すれば使用者の感性に沿ったものづくりができるのかを明らかにする。また、開発した商品の評価方法を類似商品に適用することで、互いの優れている点も比較できる。さらに、渋田氏は感性メトリックバンクのデータ蓄積を外部の研究者にも協力してもらうつもりだ。「協力してくれる研究者にはインセンティブを支払う形で研究データを蓄積してもらいつつ、より多くの評価方法を扱えるようになるように改善を続けたい」と話す。

感性による価値を付加した新しいものづくり

感性メトリックバンクでは、これまでの日本で続いてきた、より高い機能を目指した商品開発に代わる、感性に訴える商品がつくられる社会を目指しているのだという。例えば、感性評価を行うことで、より使用者に受け入れられる商品を作ることができ、不必要に高機能を目指したり大量生産をしてしまうということがなくなる。その一環として、サステナビリティの高い商品がより社会に受け入れられるようにできるのではと考えているという。また、ガラス瓶が使われている環境負荷が高い製品がサステナブルだと使用者に誤解されているという研究があり、このような印象と実状のギャップを埋めるためにも感性評価を使える可能性がある。感性評価に基づいた商品開発が広まることで、単に機能や性能が良いだけではなく、より多くの価値が生まれる新しいものづくりが行われるのだろう。

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