DIC Corporation
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THOUGHTS

カラーガイドのように、世界の人々が「感性」を表現できるツールをつくりたい

2022.11.24

田川大輔

DIC株式会社 カラーマテリアル製品本部 ヘルスケア企画・開発グループ 兼 新事業統括本部 ヘルスケアビジネスユニット グループマネージャー

人の五感と感性を科学的に解き明かすと共に、多様な分野の事業会社・ベンチャー・研究者との超異分野連携により、新たな感性価値を社会にアウトプットすることを目指す『DIC 五感と感性の研究所』。このプロジェクトは、どのような経緯によって誕生したのか。そこには、どのような思いがあったのか。そして、今後どこに向かっていくのか。本研究所の責任者であるDIC株式会社・田川大輔が、プロジェクトの現在地とこれからの方向性を語った。


Color & Comfortに不可欠な「感性とは何か」の問い

DICは、旧社名の「大日本インキ化学工業」からもわかるように、もともと印刷インキの製造販売から始まった会社です。ですから長年、新聞や雑誌などの印刷物を通じて情報を伝えたり、色彩豊かな写真を表現したりという、そういったシーンの中で製品が使われてきました。われわれが開発した材料が、情報の価値、楽しさ、華やかさといったものを介在してきたわけです。

昨今ではそのシーンが次第に紙媒体から液晶画面へ、静止画のインターフェイスから動画のインターフェイスへ、という方向に変化しています。ですが、情報を表示して、色を発現して、そのことによって人々の満足を実現するという根本的な部分は変わっていません。

そうしたDICの役割を表現しているのが2016年から掲げている『Color & Comfort』というスローガンです。彩りとそれに付随する価値をつくることで、世の中に心地よさを提供していく。この思いは、私たちに深く浸透したものとなっています。

その上で、改めてColor & Comfortを提供していくことを本気で考えたときに避けて通れないのが、「感性とは何か」という問いです。感性をきちんと理解して、理論的に解明することで、人にとって本当に必要なColor & Comfortを提供すること。これはわれわれの使命だというふうに思っています。そして、その使命を実現するために今回立ち上げたのが『DIC 五感と感性の研究所』なんです。

より早く、より広く実現するためのオープンな場

DICが事業において得意としてきたのは有機顔料と合成樹脂です。言い換えれば色彩と物性で、五感で表現すれば視覚と触覚になります。仮にこの2つに限定したとしても、人の感覚をきちんと理解しようというのは簡単なことではありません。ただ、本気で人々のComfortを追究していこうとするなら、視覚と触覚だけではなく、味覚、嗅覚、聴覚を加えた五感にまで対象を広げていく必要があります。

そう考えると、DICだけでできることには自ずと限界があります。自社に閉じこもって、できる範囲で物事を進めていくのか。それとも、オープンな場でわれわれのアセットを開示して、そこに興味を持っていただいた外部からの知識や技術を組み合わせていくのか。どちらが自分たちの実現したいことに早く到達できて、なおかつより社会の役に立つことができるかといえば、これは迷うまでもなく後者です。

ですからDIC 五感と感性の研究所は、趣旨に賛同いただける事業会社、ベンチャー、研究者など、さまざまな外部の皆さんと一緒になって研究と社会実装を進めていけるような、オープンな場にしていきたいという強い思いがあります。

リアルとバーチャルの「感じ方」をすり合わせるには

この研究所で取り組む具体的な内容としては、すでに複数の共同実証プロジェクトがスタートしています。どのプロジェクトも、本当に特徴的な知識をもつ皆さんとご一緒できることになり、これからが本当に楽しみです。

その上で、これは私自身の思いでもあり、色彩と物性を得意とするDICが手がけるべきことでもあるのですが、是非とも成果を出したい考えているのが、「リアルとバーチャルを結びつける」というテーマです。

昨今ではデジタルの進歩によって、オンラインでのミーティングが一般的なものになりました。同様の技術を活用して、「海外旅行をバーチャルに楽しむ」というサービスも存在します。この実現は本当に大きなことだと思います。ただ現状では、「リアルでの感じ方」と「バーチャルでの感じ方」は決して同一ではありません。

例えば同じ「青」だとしても、リアルな空間で見る青と、液晶画面を通して見る青では印象が異なります。また、人の視覚は本当に繊細なもので、目の前にあるのが同じ色だとしても、その素材感によって感じ方は全く変わってきます。では、そのリアルの感性はどういう仕組みになっているのか。同じ感性をバーチャル上で再現するためには何が必要なのか。さらに、視覚だけでなく五感にまで対象を広げていくとどうなるのか……。

現時点ではまだまだ抽象的な話にとどまってしまいますが、是非ともこういったテーマの研究を進め、そしてその成果を社会に実装していきたいと思っています。

世界に新たな「調和」を生み出すために

この研究所が目指すゴールの一つの参考になるのが、DICが1968年に日本で初めて完成させた『DIC カラーガイド』です。これは印刷の指標となる色見本帳として開発されたもので、主観や感覚と強く連動する「色」に対して共通の基準をつくり、イメージを複数の人々で共有するための数値化を実現してきました。

一例を挙げると、グレーという一つの色に対して、カラーガイドには「灰色」「灰黄」「暗い黄みの灰色」……といった形で、約60色もの微妙に異なるグレーが収録されています。このガイドがあることで、例えばデザイナーと製品企画の担当者が「自分が表現したいグレーはこれなんです」「なるほど、そういう意図ですか」というコミュニケーションが世界中で可能になりました。つまりDICカラーガイドは色の共通言語であり、世界の人々が自由に色彩を表現し、同時にお互いの感覚を共有できるツールになっているんです。

では、もしこのカラーガイドに「感性」の情報を理論的に追加することができたらどうなるのか。例えば青の項目に「気分が落ち着く青」「集中力が高まる青」「静かな高揚感がある青」というものがあったとしたら、人々はどんなコミュニケーションをとることができるようになるのか。さらに、同じことを静止画から動画へ、平面から立体へ、視覚から五感へ、リアルとバーチャルの融合へ、という領域に広げていくことができたとしたら、その先にはどんな世界が見えてくることになるのか…。

本当に大きなテーマではありますが、DIC 五感と感性の研究所では、こういったことに本気で取り組んでいきます。

感性というものは、一人一人でそのあり方が異なります。個人差であったり、国や文化の違いであったり、世代の違いであったり、つまりはその人自身の経験によって形作られるものなのだと思います。

ただし、その違いにも、何かしらの要因や理由はあるはずです。それを学術的に明らかにした上で、共通する部分と差異のある部分を提示することができれば、お互いの違いをわかりあうことができるはずです。それは、いわばある種の「調和」が生まれるということなのではないでしょうか。DIC 五感と感性の研究所の活動によって、世界に新しい「調和」を生み出すことができれば。私たちは、そんなことを考えています。

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