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RESEARCH

「オノマトペ」を使って感性AIを開発。まったく新しいものづくりの扉を開く

2022.11.24

坂本真樹

電気通信大学副学長 同大学院情報理工学研究科・人工知能先端研究センター教授/感性AI株式会社 取締役COO

人間の感性をデータ化して客観的に分析し、そこからまったく新しい物やサービス、さらには“新しい価値”を生み出せるのか。この課題に取り組むのが、電気通信大学副学長の坂本真樹氏だ。

感性は人間の感情や判断、創造性に深く関わるものでありながら、主観的で個人差が大きいため、把握が難しいとされてきた。そうした感性の研究に挑むに当たり、坂本氏が着目したのは、意外にも人が日常生活の中でごく自然に発している言葉―「さらさら」「もふもふ」「ベタベタ」といったオノマトペ(擬音語、擬態語)だ。

坂本氏の研究グループでは、大量のオノマトペを収集、AIを使って分析、数値化する技術を開発した。さらに大手企業と共同で会社を設立、独自のシステムで獲得した感性データを、マーケティングや商品開発、空間づくりにも活用している。果たして人の感性は、オノマトペからどのように捉えられるのか。感性×AIは私たちの暮らしに何をもたらすのか。未来図も含め、話を聞いた。


直感的、主観的なオノマトペには感覚の膨大な情報が入っている

―坂本先生は「感性をもつAI」の開発に取り組んでおられますが、そこにオノマトペを活用されていると知って驚きました。どうしてオノマトペに注目されたのでしょうか。

私はもともと、人間がなぜ見たものや感じたことを言葉にできるのかに関心があり、そこからAIの研究へと向かいました。AIがこれから人間社会の一員になっていくためには、人の感性に近い能力を備えることが大切になる。いまはそう考えています。

では、そもそも感性とは何か。人は見る、聴く、触れるなど、五感を通してさまざまな情報を脳に取り込んでいます。それが脳内で処理されて、何かがわかったと感じたり、好き嫌いなどの価値づけをしたりする。私たちは、そこで生まれた感情を言葉で他人に伝えるだけでなく、他人の言葉から相手の感情を知ることもできます。感性とはそうした知能の働きだと、私は定義しています。

ただ、それをデータ化することはとても難しい。猫の写真を人に見せて「これは何か」と聞けば、正解は「猫」ですよね。でも、同じ写真を見せて「ここから何を感じるか」と聞くと、人によって答えはさまざまです。高齢の人は「けばけばしてむせそう」と言うかもしれないし、子どもは「ふわふわして好き」と言うかもしれない。まったく新しい表現が飛び出す可能性もあります。

これまで市場調査などでは、人の感覚をアンケートで捉えようとしてきました。「柔らかい」「明るい」「温かい」といった形容詞を並べて、対象の印象を数値で評価してもらう。でも、この方法は被験者の負担が大きいうえ、事前に決めた尺度に縛られてしまいます。

そもそも私たちは、物の見た目や手触りを「これは温かさが3で、弾力感が2くらい」と分析的に知覚しているわけではないですよね。それより、「ほかほかしている」「ふわふわしている」と直感的、全体的に捉えて一言で表現している。

―まさにオノマトペですね。

はい。こうしたオノマトペを、私たちは日常的に使っています。「ほかほか」「ふわふわ」のような繰り返しの言葉に限らず、「つるっ」「さらっ」などの短い単語、卓球の福原愛選手の「サー!」のような掛け声や、まずいものを食べたときに思わず出る「げー」のような音もオノマトペに含まれます。 人間は自分の感覚を言葉でカテゴリ化しますが、中でもオノマトペは直感的、主観的な評価をそのまま表わしたものです。そこには、個人差を含めた感覚の膨大な情報が入っている。そこで私たちは、オノマトペを数値化することで感性をデータ化することにしたのです。

「ふわふわ」より「もふもふ」が温かい?音韻で分析する感性評価システム

―「オノマトペを数値化する」には、具体的にどうすればいいのでしょうか。

まず、被験者にさまざまな素材を触ってもらったり、食べ物を食べてもらったりして、感じたことを自由にオノマトペで表現してもらいます。ただ、オノマトペはそのままでは曖昧で主観的な素材にすぎません。そこで注目したのが音韻です。 オノマトペを構成する音韻は、快・不快を含む感覚イメージと強く結びついています。例えば「さらさら」の「さ」には滑らかさが、「ざらざら」の「ざ」には粗さの印象が結びつく。私たちは各音のこうした印象と、音の現れる場所、繰り返しの有無などをもとに、工学の手法を使って「明るい―暗い」「温かい―冷たい」「硬い―柔らかい」など、100以上の評価項目ごとにオノマトペを定量化する「オノマトペ感性評価システム」を開発しました。これによって、あらゆるオノマトペの印象を多次元の数値で表せるようになったのです。

このシステムを使えば、例えば「ふわふわ」より「もふもふ」に、人はより柔らかさと温かさを感じるといったこともわかります。まったく新しいオノマトペを入力して、その意味を推定することもできます。

「オノマトペ感性評価システム」に「ふわふわ」と「もふもふ」を入力して得た出力結果

―オノマトペのような単純な言葉が、ここまで細かく分析できるとは驚きです。

オノマトペには、人間の五感が含まれています。下の表は、市販の炭酸飲料と味を変えてまずくした炭酸飲料を飲んでもらった実験の結果ですが、おいしいと感じた場合(Comfort)とまずいと感じた場合(Discomfort)ではオノマトペに現れる音が違います。また、炭酸感だけを感じた場合と、甘さも同時に感じた場合でも音は異なります。

坂本教授のグループが2015年に英文科学誌に発表した実験結果。市販の飲料と醤油を加えた飲料などを被験者に与え、オノマトペの音を解析した

飲食の際、人は味だけでなく、五感をフルに使って食感や香り、音などを感じ取っている。ですから、「シュワッとしておいしい」と言う場合の「シュワッ」には五感の全てが入っているわけです。その中身を読み解けることも、このシステムの強みです。 面白いのは、こうした音のイメージは外国人とも共通すること。上の表も英文科学誌に発表したものですが、味覚に限らず、例えば外国人に物を触ってもらい、「どちらが『さらさら』で、どちらが『ざらざら』か」と聞くと日本人と同じ物を選びます。「はひふへほ」の音には柔らかな印象が、「かきくけこ」の音には硬い印象が結びつくといったことにも、言語や文化を越えた一定の普遍性があります。

オノマトペから物性や材料を推定し、リアルなものづくりを実現する

―なるほど、面白いですね。まさに坂本先生が目指す「感性をもつAI」の開発をオノマトペが大きく前に進めたわけですが、こうした「感性AI」をどう役立てたいとお考えですか。

一つは、ものづくりへの展開です。オノマトペ感性評価システムでは、消費者が発した一言を瞬時に解析できるので、簡単に市場調査ができます。もちろん、調査する側が事前に評価尺度を準備する必要もありません。 さらに、私たちはオノマトペから新しい物や空間をつくることを提案しています。いまはAI技術の進化で、質感のシミュレーションが自在にできます。例えばそのシステムにマフラーの画像をアップロードして、AIに学習させた「もこもこ度」を調整すると、下の写真のように画面上で質感の変化を確認できます。

そこからさらにリアルなものづくりを押し進めるため、私たちはオノマトペから水分率や硬度などの物性(物質がもつ性質)や材料を推定するシステムも開発しました。下の画像の右側に示されているのは、「こりり」というオノマトペに合わせて、AIが提案したパンの材料と分量です。こりり感を出す具材として、茎わかめなどが推薦されています。

「こりりパン」のつくり方は、私がfuwariという名前で展開しているYouTube動画でご覧いただけますので、ぜひ見ていただければうれしいです。他にも「もっちりパン」「きらきらパン」など、毎週新しいパンの動画を配信しています。

AI作詞家fuwariの簡単パン作りレシピ【AI提案レシピのオノマトペパン】シリーズ2回目!ホームベーカリーで「こりりパン」作り♬ – YouTube

―動画を参考に、実際にパンをつくることもできるわけですね。それにしても、オノマトペから新しい食べ物やレシピが生まれるとはすごい。

私たちのシステムでは新しいオノマトペを生成したり、オノマトペ以外の単語を解析したりすることもできるので、そこからまったく新しい物や空間も生み出せると思います。将来、「AIっぽい素材」などという言葉から、見たこともない素材が誕生するかもしれません。

こうした感性AIの力を産業に生かすため、私は京王電鉄株式会社との共同出資で、2018年に感性AI株式会社という会社を立ち上げました。そこでは商品名やキャッチコピー、パッケージデザインの印象を分析する「感性AIアナリティクス」、それらに対して新しい案を大量に提案できる「感性AIブレスト」などのサービスを提供しています。 いつも同じメンバーでブレストをしていても、新しいアイデアは生まれにくい。そこにAIが加わることで、誰も思いつかなかったような発想が飛び出すことも期待できるわけです。こうしたことができるのは、これまで研究室でひたすら感性のデータを分析してきたから。感性の定量化は、ものづくりに大きな可能性を開くのです。

感性豊かな日本発のAIを人間の幸せのために役立てたい

―ものづくり以外には、何を目指しておられますか。

もう一つ、大きな目標はウェルネスの向上です。私たちの研究室では、人の発話や生体情報から場の空気を読み取って定量化するAIも開発しました。その情報をもとに、音楽、香り、光などをコントロールし、ストレスを緩和したり、生産性を上げたりする空間づくりのサービスも実用化しています。

例えば、会議中に空気感が悪くなったとき、AIが「空気、悪いですよ」などと言ってくれたら場がなごみますよね。そんなAIと働ける環境を普及させたいと思っています。

また、いまは一人暮らしの高齢者も増えています。孤独を感じる人も多いし、現実に孤独死のリスクもある。人間に近い感性をもつロボットがそうした方々に寄り添い、なにげない会話の相手になってくれたり、日々の健康状態を見守ってくれたりすることはますます大切になるはずです。

職場でも家でも、感性豊かなAIがパートナーになってくれる。それが私の描く未来図です。

―人間が感性AIと生きる日が、身近に思えてきました。誰もが日常的に使っているオノマトペから感性×AIの可能性が広がっていると感じますが、そこには日本ならではの力もあるのでしょうか。

経済産業省が2020年に発表した『新産業構造ビジョン』には、日本の強みとして「微細かつ高品質なモノを理解・評価できる消費者」の存在が挙がっています。私はこうした日本人の能力と、日本語が多くのオノマトペをもつことは関係していると思います。

日本人は非常に感性豊かで、身の周りの事物の細かな違いを感じ取り、それを言葉で表現できる。これは間違いなく、この国の強みです。 感性の力を本格的に社会実装していくとき、そうした消費者に鍛えられた感性AIによって、日本だけでなく世界にもその豊かさを広げていくことができるはずです。私たちもさらに努力して、感性×AIの果てしない可能性を、ものづくりやサービス産業、そして、人間の幸せのために役立てていきたいと思います。


プロフィール

坂本真樹(さかもと・まき)

1998年東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻博士課程修了。学術博士。東京大学助手、電気通信大学講師、准教授を経て、15年より同大大学院情報理工学研究科および人工知能先端研究センター教授。20年より同大副学長。人工知能学会理事、認知科学会役員などを歴任。感性AI株式会社取締役COO。一般社団法人スマートシティ・インスティテュートエグゼクティブアドバイザー。国際会議でのベストアプリケーション賞、人工知能学会論文賞など受賞多数。言葉と感性の結びつきに着目した文系的現象を理工系的観点から分析し、人工知能に搭載することを得意とする。著書に『坂本真樹先生が教える人工知能がほぼほぼわかる本』『オノマトペ・マーケティング』など。NHKラジオ『子ども科学電話相談』『ホンマでっか⁉TV』などメディア出演多数

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